[はじめに]

 労農赤軍の軍装を研究していると、1935年に制定された折襟の「ギムナスチョールカ」(注01)に遭遇することが意外と多い。この形態の衣服は、それが実物の場合、確実に第二次世界大戦期の軍装品であるのでコレクターの間で比較的人気が高い。一方、1943年に制定された立襟の「ギムナスチョールカ」(注02)も、 そのロシア的な形態ゆえに人気は高い。しかし、これは小さな改良を施されつつ、以後25年余にわたって使用されたため、モノ自体は複製でなかったとして も、第二次世界大戦当時のものと断定することがなかなか難しい。それゆえ、折襟の衣服の方が業者にとっては商品価値が高く、そのことが遭遇率を相対的に高 くしているようである。

 現在、コレクター市場に流通する折襟の「ギムナスチョールカ」は、その大半が旧ソ連の映画会社や劇場衣装管理部局から発掘されたものである。本 来、映画会社の所蔵軍装品は何も付いていない状態で保管されている。そして、映画を撮影するときにその使用目的に応じて徽章類やボタンなどが付けられる。 したがって、映画会社から放出された「ギムナスチョールカ」に付けられた徽章類の大半は、業者やコレクターによって付け替えられたものが多く、各々のパー ツは実物であったとしても、その組合せがなぜか現実にありえない場合もある。また、放出時点ではじめから徽章類の付いているものもある。これらは、100 パーセントオリジナルと言えないし、1980年代になると服自体も徽章類も複製されたものが多いという問題点もあるが、ヒストリカルな観点では好感のもて る軍装品である。というのは、歴史再現映画は、軍装面の時代考証がしっかりしており、とくにモスフィルムで製作された「スターリングラード大攻防戦」や 「モスクワ大攻防戦」などのこだわりには敬意を表したいほどであるからである。しかし、そうであるとしても、これらの「ギムナスチョールカ」は、1941 年初夏の独ソ戦勃発前後以降の設定に基づいて徽章類が付けられており、映画の時代背景になることが少ない1930年代後半の設定のものを目にする可能性は 低い。

 ともあれ、このようなことを背景に、様々な書籍で「実物」と称する折襟の「ギムナスチョールカ」がカラー写真で紹介されるようになった。(注03) 私個人としてはそれほど第二次世界大戦中の軍装品への関心が高いわけではないのだが、どうしても避けて通ることができない点が目立ってきた。それは説明が 曖昧であるために誤解がさらに深化していることである。アンティーク的な観点から衣服自体がどういうものであるか、すなわち、その真贋や製作年代を判断す ることは大変難しいことであるが、ヒストリカルな観点から衣服の使用時期を限定することはある程度可能である。これは衣服に付けられた徽章類を調べ、その 徽章の制定時期を知れば、少なくとも、その衣服が使用された時期の上限を推定することが可能だからである。ところが現実はこの作業さえしていない。

 以上を踏まえて、本稿では、「襟章に付けられた兵科・勤務を示す徽章」を中心に、これまでの研究の問題点・規定の変化の編年的整理・徽章着用の現実を考察結果として提出したい。

《前ページ 次ページ


このページはリンクフリーです。